石清水八幡宮

京都府八幡市八幡高坊

石清水八幡宮の御由来

平安時代初め、清和天皇の御代859年に南都大安寺の僧・行教和尚は大分県の宇佐八幡宮にこもり日夜熱祷を捧げて、八幡大神の「吾れ都近き男山の峯に移座し国家を鎮護せん」とのご信託をたわまります。
同年、男山の峯に御神霊をご奉安申し上げたのが石清水八幡宮の起源と言われます。

そして、860年朝廷の命により八幡造の社殿(六宇の宝殿)が造営され、4月3日に御遷座されました。

935年から941年にかけて起こった平将門と藤原純友の乱の時には、朝廷よりご請願があり八幡大神の御神威をもって速やかに平定されて以来、国家鎮護の宮として皇室の御崇敬はますます暑い厚いものとなりました。
天皇の行幸や上皇の御幸は、円融天皇の行幸以来、実に240余度にも及びます。

明治初期には官幣大社に列せられ、『男山八幡宮』と称されましたが、『岩清水』の社号は創建以来の由来深い社号であるため、大正7年に再び『石清水八幡宮』と改称されて現在に至ります。

石清水八幡宮の御神徳

創建以来、都の裏鬼門を守護する王城鎮護の神、伊勢神宮に次ぐ国家第二の宗廟として皇室の御崇敬が特に厚く、また武運長久の神として清和源氏をはじめ全国の武士が尊崇を寄せてきました。
とりわけ、厄除開運の御神徳は古来より名高く、今も男女問わず厄年にあたる人々をはじめ、事業繁栄・安全を祈る企業や団体、学問・技術の向上を願う青年など、八幡大神の御神徳を慕う多くの人々の熱心なお参りが絶えません。

石清水八幡宮の社殿

御本殿の二棟は現存する中で最古にして最大の八幡造です。
幣殿・舞殿・楼門・回廊などにより構成される社殿は、古代に成立した宗厳な社殿形式を保っています。

現在の社殿は1580年に織田信長の社殿修復から、1589年の豊臣秀吉による回廊再建、1606年の豊臣秀頼による社殿再建を経て、1634年の徳川家光により社殿が造営されており、御本殿を含む10棟並び棟札3枚が国宝。摂社5社並びに総門3門の合計8棟が重要文化財に指定されています。

石清水八幡宮の主な祭典

1月7日・・・・・・七草祭
1月18日・・・・・ 青山祭

節分前日曜日・・・鬼やらい神事
2月6日・・・・・・仲哀天皇祭
2月11日・・・・・ 紀元祭
2月15日・・・・・ 応神天皇祭

2月17日・・・・・ 祈年祭
3月3日・・・・・・桃花祭
4月3日・・・・・・御鎮座奉祝祭
5月5日・・・・・・菖蒲祭

6月30日・・・・・ 夏越大祓
7月7日・・・・・・七夕祭
9月15日・・・・・ 勅使 石清水祭(例祭)
12月31日・・・・・年越大祓/除夜祭

作者コメント武士の崇敬が厚く様々な宝物や由来がのこる石清水八幡宮
平清盛が舞を奉納したり、源義家が石清水八幡宮にて元服して八幡太郎を名乗ったり、織田信長が金の雨だれを奉納したり・・・
現代になるとエジソンが石清水八幡宮の竹で電球を作り、経営の神様と言われる松下幸之助も厚く信仰したと言われています。

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