片埜神社(交野郡一宮)

大阪府枚方市牧野阪2丁目21−15

片埜神社の御由来

交野台地の一角、牧野坂に鎮座する片埜神社。
延喜式内社の古社であり、建速須佐之男大神、菅原道真を御祭神として11柱の神々を奉祀してます。

第11代垂仁天皇の御代に出雲國の豪族の野見宿禰が当麻蹴速との相撲に勝ち、その恩賞に河内國を拝領し、出雲の祖神である建速須佐之男大神を奉祀して士師氏の鎮守としたのが草創です。
その後、欽明天皇の勅使をもって、片野神社と社名を頂き、村上天皇の御代(960年)に野見宿禰の末裔である菅原道真を併祀しました。

平安時代には広大な神域・神領と広く立派な社殿でした。
官社として社運隆盛を極めましたが、戦国の戦乱で何度も兵火にあい荒廃していました。

しかし、豊臣秀吉が修築。
大阪築城の際には東北の方位にあたる片埜神社を、錦城の鬼門鎮護の社と定めて崇拝致しました。

さらに、1602年には豊臣秀頼が片桐且元を総奉行として、本殿・拝殿・築地・経堂・別当などを大造営。
現在の本殿と南門が当時、造営されたものです。

とくに本殿は桃山時代の建築の粋として、国の重要文化財に指定されています。

大昔、この付近は交野ヶ原と呼ばれて大朝時代大宮人の遊猟の地として歌枕になり、また、桜の名所としても有名です。

「落花の 雪に踏み迷ふ 片野の春の 桜狩り」
この和歌は太平記の一節は、この交野ヶ原の事を読んだものです。

なお、「交野の御社」「一之宮」と称されてきたこの社は、桃山時代よりは、大阪鬼門除・方除・厄除けなどで知られています。
とくに家相方位の守護に霊験あらかたな神様として、広く信仰を集めています。

作者コメント大坂城の鬼門の方角にあることから鬼門鎮護として秀吉に再建された片埜神社。神社内にある鬼のお面は必見です。今は須佐之男を祀ってますが、神仏習合の影響を受けて牛頭天王を祀っていたと記録に残っております。近くには阿弖流為と母禮の塚もあるので、お立ち寄りされてはいかがでしょうか?

5/5 (1)

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