伊射奈岐神社

伊射奈岐神社(天理)

奈良県天理市柳本町字天神山1898

伊射奈岐神社の御由来

古代の政治・経済の中心だった大和平野の東部、天神山古墳を境内として鎮まる『伊奘諾尊』『伊弉冉命』の御由来は、社記が天文年間(1532年~1555年)に焼失してしまったため、創建年代や規模などは詳しく残っていませんが、崇神天皇の御代にお祀りされたものとされています。

第56代清和天皇の859年に神位をご増進されまして、第60代醍醐天皇の御代(901年~914年)の『延喜式神名帳』に掲載され「宮幣に預かり賜う」とあります。

その後、鎌倉時代、南北朝時代、室町時代にかけての国内兵乱によって神社は衰退していきますが、1641年に2代目柳本藩士の織田長種が柳本町山田北側の台地からこの地に移されて本殿の造営。産土神として人々から信仰されてきました。

明治4年5月太政官布告に基づき、柳本社となり、その後、区画改正によって柳本村社となりました。崇神天皇の御代の崇祭は、伊勢神宮とほとんど同時期に創建された最も古い神社であり、日本武尊命が東国征伐の出陣の際には、弟橘比売命を妃に迎えて間もない意味事じゃ我が身を案じて伊射奈岐神社で戦勝祈願をして伊勢へと向かわれたことも、当初から大和朝廷の崇敬が厚かったことを物語っています。

作者コメント山の辺の道を歩いていると崇神天皇陵がありそこから大きな字道路の方に道を逸らすと伊射奈岐神社が見えてきます。
敷地内には『大和天神山古墳』があり、社記が失われて不明な点も多いですが太古から神聖な場所であったことがうかがい知れます。

5/5 (1)

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