三之宮神社

三之宮神社(枚方市)

大阪府枚方市穂谷2丁目6−2

三之宮神社の御由来

社殿によれば、神功皇后が209年、朝鮮出兵の時にこの地を通られましたが、山が深く谷も険しくて難路であったため、天神地祇にご祈願されました。
すると、神様が現れ「難路故各所二物ヲ置キ導キ奉ラント告ゲ給ウ(難所の各所に物を置いて奉りなさい)」とのお告げがありました。
行軍の先々に白幣を竹筒に挟んだものを所々に置き道案内をしました。

そして「皇后ニ軍謀秘策ヲ告ゲ給ウ」と、その後皇后は無事に凱旋できたことを喜ばれて幣白を寄進された。
その後、時が経ち仁徳天皇の御代(341年)に額田大中彦皇子に社殿の創建を命じられ創建致しました。

古くは、穂谷・津田・芝(尊延寺)・杉・藤阪の鎮守社でした。
平安時代・鎌倉時代には、この五郷を支配した豪族の中原氏が、度々願主となって再興・修復を行い、五郷の住人はこれに奉加しました。
慶長年間には豊臣秀頼は大阪城の鬼門鎮護のため、一之宮(片埜神社)、二之宮(二之宮神社)、三之宮(当社)を修復したことにより、三ノ宮と社名が定着致しました。

本殿裏にある2つの屋根型の巨石は屋型石と呼ばれ、御神体として祀られております。
三之宮神社が屋型大明神とも呼ばれるゆえんです。

三之宮神社は中世より雨乞いの神社として信仰が厚く、境内には千燈を掲げ大般若経を転読して祈願することが常でした。
降雨があれば、住吉踊を奉納し、お礼の燈籠を寄進しました。

境内に存在する燈籠はほとんど雨乞いのお礼に寄進されたものです。

三之宮神社の主なお祭り

春祭・・・4月15日
夏祭・・・7月31日
例祭・・・10月15日

作者コメント神功皇后がこの地に来る前から巨石信仰があったと想像されます。
その根拠は神社一帯には縄文遺跡があることです。おそらく、その頃より巨石信仰がされてきていたことでしょう。

5/5 (1)

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